高橋紫苑の司書室

倦惰倦惰と語る。

アストロノーツ

飲みたくないときに飲むコーヒーほど不味いものはありません。


紫苑です。おはようございます。いかがお過ごしでしょうか。


この時期は持病(命を脅かすほどではないです)のせいで寝不足が続くのでなかなかに堪えます。加えて本日はそこに悪夢ときた。知らず知らずに何か罰が当たるようなことをしでかしたのかもしれません。


とはいえ、平生は一日に四、五杯はコーヒーを飲む、というより摂取する僕ですから、今朝は半分押し込む形でカフェイン摂取を敢行したわけです。これがないと一日が始まった気がしませんから。


大きく飛躍しますが、本当に文字通り大きな飛躍なのですが、ふと好きなものを好きなときに摂取できない場所を思い浮かべました。


宇宙です。


寝不足ではありますが正気も正気。大真面目です。


皆さんもご覧になったことがあるかもしれませんが、宇宙ステーション内でスタッフたちが飲み物、もとい無重力空間でシャボン玉のようにぷかぷかと浮かぶ泡を飲んでいるシーン。おそらくですが、持ち込める飲食物にも何かしらの制限があると考えられます。果たしてコーヒーは持ち込めるのかどうか。


兎にも角にも、ひどく不味いように感じるコーヒーを胃に流し込んでの往路というわけですが、道中では決まって音楽を聴いています。このように釈然としない朝はなおのことです。






"アストロノーツ"という歌があります。



引用元:YouTube


宇宙飛行士の題を持つ、歌声合成ツールであるVOCALOIDを使用した楽曲ですが、数年前に作曲者である、椎名もた氏(以下、椎名氏)が亡くなりました。まだ二十代だったそうです。夭逝、あまりにも早すぎました。


引用させていただいた作品でボーカルを務めるれをる氏は椎名氏と直接会う約束をしたそうですが、その約束は遂げられないまま、椎名氏はこの世を去ることになりました。


後悔、という言葉があります。れをる氏も、椎名氏に会えなかったことをひどく後悔していたようです。"後から悔いる"、その悔いは三者三様です。自分はそんな小さなことを気にしていたのか、と後から思い至ることも往々にしてあります。


アストロノーツの冒頭に、こんな詞があります。

もしも僕が今晩のカレーを
残さず食べたなら良かったのかな
君は酷く顔をしかめて
もうたべなくっていいよって言ったんだっけな。


ほんの些細なことなんです。カレーを残すか残さないかなんて、保育園や小学校での話じゃないですか。けれども、それで何かが変わったかもしれない、変えることができたかもしれないと。


詞は続きます。

もしも僕がいじめられたって
殴り返せるような人だったらな。
君も今より少しくらいは
笑うようになるかもしれないから。

もしも僕がひとりきりでさ
君に迷惑もかけずにいられたなら
でもさ、それじゃさ、君を知らんまま
生きてく事になったかもしれないから

もしも僕がうそつきなら
こんな僕のこと 叱ってくれたかな?
そんなたくさんの「もしも話」が
僕の部屋にさ 浮かんで行くんだよ。


夥しい数の"もしも"が募って募って、溢れたそれが生涯癒えない傷になるのか、その場限りの悲涙になるのかは人それぞれです。程度の差こそあれ、後悔を折り重ねていくのが人間です。僕はこの"もしも"の連続に、人として大切な何かを感じました。


"部屋"という表現がありますが、一旦は何かしらの"閉鎖空間"と仮定して筆を進めます。


ここでメロディーは新たな展開を迎えます。

何も無い日々から
ひびが入ってそっから
たくさんの「もしも」が漏れ出して
行くんだ。


"罅"というのは隙間や隙のニュアンスも併せ持っているそうですね。隙があったのは主人公の心なのか、冒頭から頻出する"君"への配慮なのか。罅が入ったのは後悔を溜め込んだ主人公の心なのか、主人公と"君"との関係なのか。


次が音楽的に一つの見せ場になります。

今目をつむって
耳をふさいで歩き出したよ
君の声も君の笑顔も
見れないままだけどそれも良いかも。


さて、目が見えず、耳も聞こえない、そんな状態です。つまりこれはどういうことでしょうか。答えはもう少し先で、判明することになります。


進めます。

嫌なもんだけさ
あたまん中から
消してくれたらな
よかったのにな。


忘れるって、楽ですよね。忘れることができれば、どんなに楽か。そんな出来事と、僕もきっと遭遇することになるのでしょうけど。"忘"は、"心を亡くす"です。


楽曲的には、ここで少し勢いを緩めます。

もしも僕が正直者なら
これが最後だって信じてくれたかな?
きっと君は笑ってくれるよな。
みんな解ってるつもりなんだ

何度も君に言おうとしたけど
届くはず無くて「おかしいな?」って
君のとこに行けたならな。
でもひざが笑うんだ。「ざまーみろ」って。


"ざまーみろ"。おもしろい表現ですね。僕は大好きです。現実を突きつけ続ける酷な詞の中に、そっと据え置くような滑稽な表現です。おかしいな、と思うのは声が聞こえない場所に居るからだと推測されます。


そして、また"もしも"ですね。前半の"もしも僕が嘘つきなら"と大きく矛盾しています。きっと、多くを求めるには、いくつかの矛盾を避けて通ることはできないのでしょうし、だからこそ選別して生きていかなければならない。そう、生きていかなければならないのです。しかし、それはすべて次の一節で覆されます。

もしも僕が生きていたなら。
君に聴かせるため作った歌
やっぱ恥ずかしくて聴かせてないけど
歌ってあげたいな、僕もいつか。


この歌の主人公は、すでにこの世には存在していませんでした。


死後の後悔。さきほどの、目が見えず、耳も聞こえない主人公もこれで解釈できますね。ここに関しては僕も賛同を隠せないのですが、椎名氏の死生観が如実にょじつに顕れています。畢竟ひっきょう、天国も地獄もないんですよ。あるのは、いっそ眩いくらい茫漠な暗闇と、かえってうるさいくらい無尽蔵な静寂です。


そんな中でも、主人公はいまだに"君"のことを思って("想って"かもしれません)、作ったのは生前なのか死後なのかは測りかねますが、自分の歌を聴かせたいと。


この主人公は、もしかすると椎名氏本人なのかもしれません。ボーカロイドのジャンルで、この曲が歌い続けられている所以です。

とどくといいな、君にいつか。


僕が弾き語りでこの曲を歌うときは、決まってこのあたりで耐え切れず涙が出ます。同じような経験をされた方もいらっしゃるかもしれませんね。

今目をつむって
耳をふさいで歩き出したよ
君の声も君の笑顔も
見れないままだけどそれも良いかも。

今目をつむって
耳をふさいで歩き出したよ
君の声も君の笑顔も
見れないままだけどそれも良いかも。


さて、もう一度見せ場ですね。これで最後になります。一つ前の節を読んでからですと、また響きが変わってきます。


閉鎖空間。"君"の声も笑顔も届かない場所。絶対的な"無"。主人公の死。


僕はここでぴんと来ました。


宇宙飛行士アストロノーツ


"生"から隔離された、遠すぎて見えない、声も通らない、平坦な闇。広大な"死"を揺蕩たゆたう中、主人公が、椎名氏が、今何を思うのか。推し量ることはもはや叶いません。


それでも、椎名氏と同じように曲を創る身としては。


宇宙からでも届くような素晴らしい曲を、傲慢にも生み出したいな、と思った次第です。


そして、できるだけ、"後悔もしも"が少なく終われるように。


生きていきたいものですね。


目的地に着いてから缶コーヒーを一本購入して残さず飲み干したのですが、今朝方よりは美味しく感じました。






宇宙でコーヒーは飲めるのでしょうか。






※以上の記事はすべて管理者の主観による解釈です。


ー〆ー

お初にお目にかかります。見覚えのある方はお久しぶりです。


高橋紫苑と申します。


何でもないことを何かありげに、うだうだと語っていこうと思います。本当に何でもないことなのですけど。半分は備忘録に近いものになるかと思います。物忘れが多いものでして。


無いと言えば、記念するべきこの第一回で記す内容をまったく考えていません。ここ最近は特段代わり映えない日常を過ごしていますし、逆に毎日がスリルとスパイスに富んだ毎日を過ごしていたらとっくに小説家だか探偵業だかを志していますし。


つまるところ、筆舌を尽くす前に語り草が尽きているという、いえ初めから無いんですけども、なんともまあ見切り発車の車掌も呆れるくらいの始末です。お恥ずかしい。


というわけで、厚かましいついでに趣味の話でもさせていただこうかと思います。どうかお付き合いを。


趣味は音楽と読書を、嗜む程度に。前者の方から触れていきます。


音楽は案外長いこと続いています。軽音楽部に所属していたこと高校生時分から、歌を歌ったり、ギターを弾いたりしています。ギターはフォークギター(学校の授業で用いるナイロン弦の方ではなく、金属弦を張る方です)と、エレキギターとの二種類でちまちま遊んでいます。一向に上達する気配はありません。


他は、作詞と作曲、それに編曲も少々こなします。誰に聴いてもらうわけでもなく作り溜めしているのですが、何かの機会で自分の作品たちに日の目を見せてあげたいと企てております。その際は、どうぞうちの子どもたちをよろしくお願いします。


後者の方にも触れましょう。読書の話です。


主に、現代文学ライトノベルとが中心です。こちらも嗜む程度に。突然作家の名前を引き合いに出されても無様に吃るくらいだと思っていただければ想像するのも易しいかと。要は素人に生えた毛をさらに剃ったくらいです。青二才ですね。もう二十二才ですけど。


あとは小説を書いたりもしています。高校生時代の自分は文芸部にも所属していたこともあって、高校を卒業した現在でも思い出したように書いています。こちらの方も、何かしらの形で明るみに出してあげられればと思っているのですが、なかなか目立った進捗もなく、今に至ります。


このあたりで潮時でしょう。僕もだんだん疲れてきました。何事も書き始めがもっとも難しいものです。大きな物を押すときと同じですね。動き始めれば、存外滑らかに事が運ぶものです。


取り留めも他愛もない話ばかりになるかと思いますが、どうかお付き合いいただけるよう、重ねてお願い申し上げます。


読了、感謝致します。


ー〆ー